概要
人生の終わり(end of life)における選択は、日本では1960年代から、安楽死や尊厳死の事件が報道されるたびに、社会的な注目を集めてきた。社会的関心はやがて安楽死から尊厳死へシフトし、それとともにリビングウィル(事前指示書)が普及するようになった。1990年代以降は「エンディングノート」――医療上の選択にとどまらず、老後の財産運用や葬儀・墓の準備を含めて、包括的な項目について記載する――が普及し、この書式に書き込むという仕方で、「終活」が定着した。2018年には「人生会議」という愛称を得て、厚生労働省主導のもと、ACP(Advance Care Planning)の普及活動が本格的に始まった。
ただ日本では、著しいペースで人口の減少と高齢化が進行しており、高齢者や独居生活者の社会的孤立が社会問題となっている。2020年の国勢調査では、単身世帯の割合が過去最高の38.1%に達している。政府は在宅医療・介護を推進するが、家族を基本単位とした従来のケアシステムでは、人生の終わりにおける個人の意思・選択を尊重できない。一人ひとりが望む場所で人生の終わりを過ごすためには、ケアの専門職依存を脱し、血縁関係を超えて助けあうコミュニティを再構築する必要がある。こうした背景のもと、近年の日本では、コンパッション都市・コミュニティの考え方が注目を集めている。
u 安楽死・尊厳死
日本では安楽死(euthanasia)と尊厳死(death with dignity)が法制化されていない。かりに患者本人が真摯に死を望んでいたとしても、患者の要望に基づいて殺害する、あるいは患者自らが生命を絶つことを援助する行為は、自殺関与・同意殺人罪(刑法202条)に該当する。また患者本人が死を望んでいたと認められない場合は、殺人罪(刑法199条)で処罰される。刑法上の「安楽死」とは、「死期が切迫し、激しい苦痛にあえいでいる患者に対して、殺害して苦痛から解放する」ことをいう。「尊厳死」とは、「治療不可能な病気にかかって、意識を回復する見込みがなくなった患者に対して、延命治療を中止する」ことをいう。
過去の代表的な司法判断(東海大学付属病院事件における1995年の横浜地裁判決など)では、尊厳死が許容される4つの条件として、1)患者が耐え難い肉体的苦痛に苦しんでいること、2)患者は死が避けられず、その死期が迫っていること、3)患者の肉体的 苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、他に代替手段がないこと、4)生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があることが示されている。
安楽死と尊厳死をめぐる社会的議論は1960年代から続いている。安楽死と尊厳死の法制化も、断続的に試みられてきた。1976年には日本安楽死協会が設立され、積極的安楽死の法制化を目指して活動を開始した。しかしこの目的を遂げられず、同協会は活動方針をリビング・ウイル(事前指示書)の普及へ転換した。2012年には超党派の議員連盟が「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」(尊厳死法案)を公表した。しかし尊厳死の法制化に対しては、障害者団体や弁護士会を中心に根強い批判があり、社会的な議論がなお続いている。なお日本老年医学会をはじめ、いくつかの医師団体では、人工的水分・栄養補給の導入など高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドラインを定めている。
u リビングウィル(事前指示書)
尊厳死のクローズアップとともに、リビングウィル(事前指示書)が普及してきた。日本安楽死協会は1983年、日本尊厳死協会に名称を変更し、「尊厳死の宣言書」の普及に力を入れるようになった。日本尊厳死協会の「尊厳死の宣言書」は2017年に改訂され、名称が「リビング・ウイル(終末期医療における事前指示書)」へ変更された。これは日本におけるリビングウィルとして、もっとも普及した書式のひとつである。
u エンディングノート(終活ノート)
1990年代後半には「エンディングノート」の開発が進み、2000年代に普及した。これは「終活ノート」とも呼ばれる。エンディングノートには多種の様式があるが、主な記載項目は、介護や医療の方針、デジタル・データの保存、老後の財産運用、相続や生前贈与の方針、葬儀や墓の準備、遺言書の作成などである。
u 終活
「終活」という言葉は社会的に広く認知され、この言葉とともに個人による包括的な準備が試みられている。これは「人生の終わりへ向けた活動」を言い表す語であり、エンディングノートの作成とともに進められるケースが多い。また同時期に「断捨離」という言葉が登場し、「終活」とともに広く社会に浸透している。これはヨガの「断行」「捨行」「離行」という3つの考え方に基づく考え方で、「不要な物を断つ、捨てる、物から離れる(執着しない)」という生き方が目指される。
u 人生会議(ACP)
各人が大切にしていることや望んでいること、とりわけ医療やケアに関する希望について、自ら考え、また信頼する人たちと話し合うプロセスをいう。厚生労働省による啓発・普及活動もあって、「人生会議」という愛称とともに普及している。介護施設や病院、自治体などの主導により、ACPの実践が進められている。現在では「人生会議」を開き、「エンディングノート」を作成し、「断捨離」を試みながら、「終活」を進めるというスタイルが社会的に定着している。
u 在宅ケアへのシフト
日本では、著しいペースで人口の減少と高齢化が進行している。合計特殊出生率は第2次ベビーブーム(1971-74年)以降、一貫して減少し続けており、2023年の合計特殊出生率は1.20である。2024年の高齢率は29.3%であり、2040年には35.3%に達すると推計される。年間死亡数も高いペースで増加しており、2040年にはピーク(168万人)に達すると推計される。日本は2007年に「超高齢社会」(65歳以上の人口が総人口の21%を超えた社会)を迎え、今や「多死社会」へ突入しようとしている。こうした背景のもと、政府は高齢者ケアと終末期ケアのモデルチェンジを図り、在宅医療・介護を推進している。市町村や都道府県が地域の特性に応じて、自主的・主体的に「地域包括ケアシステム」を構築することを推奨している。
u 互いに助けあうコミュニティの構築
日本社会では「社会的孤立」(日常生活における他者との接触の欠如)の度合いが突出して高い――OECDの2005年の調査によれば15.3%に達する(Society at a Glance 2005, OECD Social Indicators, OECD Publishing, Paris, p. 80)。世帯構造の変化や人口の高齢化などの背景的要因もあり、孤独死や孤立死が増加している。だれにも看取られず、死亡後に発見される人は、年間3万人に達するといわれる。孤独死・孤立死は高齢者だけではなく、中高年層にも広くみられる。有効な対策を講じなければ、配偶者との別居、離婚、死別、あるいは休職、失業などを機に、社会的に孤立し、死へ追いこまれる人はさらに増えるだろう。
孤独死・孤立死を減らすため、政府は、民生委員や社会福祉協議会による高齢単身世帯の「見守り」を推奨する。しかし担い手の高齢化は著しく、見守りシステムへの登録者数も伸び悩んでいる。それを受けて終活支援、緊急時の対応、安否確認、葬儀・墓の手配など、多様なサービスを展開する民間事業者が登場している。
しかし孤独死・孤立死の本質的な問題は、「社会からの孤立」にある。それを踏まえれば、行政サービスや商品化されたケアに問題解決を全面的に委ねてしまうのではなく、生きるという営みの全体を視野に収めつつ、助け合いのネットワークないしコミュニティを構築するというのがあるべき道筋だろう。こうして近年の日本では、コンパッション都市・コミュニティの運動が注目を集めている。人生の終わりのケアのモデルを「専門職によるサービス提供」(service delivery)から「コミュニティ形成」(community development)へ転換する必要が認識され始めているのである。
主要な用語の解説
u 地域包括ケアシステム
地域包括ケアシステムでは、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、地域包括支援センターを拠点に、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される。
u エンディングノート
エンディングノートを作成する主な目的は、3つある。第一に、自分が意思表示できなくなったときや亡くなった後に、家族がスムーズに手続きを進められるように、必要な情報を伝えるためである。第二に、自らの人生をふり返りや、残したいメッセージを記録し、家族や友人に感謝を伝えるためである。第三に、終活の一環として、人生の目標や希望を整理し、よりよい人生を過ごせるように、足場を固めるためである。記載する項目は、作成者の基本情報(生年月日、住所、家族構成など)、医療・介護の希望、財産情報(預貯金、不動産、保険など)、葬儀・墓の希望、遺言書、家族や友人へのメッセージ、人生の思い出や、将来の計画などである。法務省や各自治体のほか、民間業者からも多種の書式が提供されている。
u 終活
終活とは、自分の人生の終わりをどのようにしたいかについて考え、その準備をする活動をいう。就職活動を表す略語「就活」と同じ音をもつことから、社会的に定着した。初出は2009年の週刊朝日の連載記事「現代終活事情」である。この言葉は2010年に新語・流行語大賞にノミネートされ、2012年にトップテンに選出された。
主要な統計
- 死亡者数の推移(厚生労働省、人口動態月報(概数)の概況、2023年)

- 死亡場所の推移(厚生労働省、人生の最終段階における医療・介護参考資料、2023年)

- 人生の最終段階における医療について家族と話し合ったことのある者の割合(厚生労働省、人生の最終段階における医療に関する意識調査――集計結果の概要、2008年)

- 事前指示書(リビングウィル)をあらかじめ作成しておくことへの賛否(厚生労働省、人生の最終段階における医療に関する意識調査――集計結果の概要、2008年)
参考ウェブサイト
u 厚生労働省、地域包括ケアシステムについて
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/chiiki-houkatsu/index.html(2025年5月5日閲覧)
u 厚生労働省、人生会議について
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html(2025年5月5日閲覧)
u 日本尊厳死協会
https://songenshi-kyokai.or.jp/(2025年5月5日閲覧)
u 日本老年医学会、高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン~人工的水分・栄養補給の導入を中心として
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/proposal/guideline.html(2025年5月5日閲覧)
u 就活について(DUSKIN)
https://www.duskin.jp/merrymaids/column/detail/00026/(2025年5月5日閲覧)
竹之内裕文(静岡大学)
2025年6月
